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自分の頭で考えることから逃げない

はじめに

この記事では、私が自分の頭で考えることから逃げていた理由についてまとめている。

ひとつは、答えがわからないから考えることから逃げていた。
学校の問題と違って人生の問題には答えはない。
自分の頭で考えて答えを出すしかない。
しかし、答えがわからないからといって考えることをせず、問題を先送りにしていた。

ふたつめは、方法を調べることで考えることから逃げていた。
今は、わからないことがあっても、インターネットで調べれば、だいたいのことは答えがわかる。
そのため、わからないことがあれば、すぐインターネットで調べて、自分で考えることをしていなかった。

みっつめは、時間がないことを理由に考えることから逃げていた。
時間がないから考えれないのではない。
考えたくないから時間がないのである。

よっつめは、抽象的な言葉を使うことで考えることから逃げていた。
抽象的な言葉を使えば、ニュアンスだけでも相手に伝えることができるからだ。
つまり、明確に伝えるために具体的な言葉を使うことを考えていなかったのである。

このように、考えることから逃げていた理由は全て自分の言い訳である。
それ以上でもそれ以下でもない。
考えたくないから理由を後づけして自分を納得させていたのである。

ここから、それぞれの言い訳について詳しく述べていく。

答えがわからないから

答えがわからないから考えることから逃げてきた。
答えがわからないことを考えることをしたことがなかったので、どうやって考えたらいいかわからなかったからだ。
これも言い訳に過ぎない。

どうやって考えたらいいかわからないなら、まずは考えてみればいいだけである。
自分なりに考えて、自分なりの考え方を構築していけばいいだけである。
考えることをせず、楽なほうへ流れていたのだ。

方法を調べるから

方法を調べるから考えることから逃げてきた。
問題や疑問を解決する方法は調べるとすぐわかる。
方法だけわかっても、なぜその方法なのかを考えないとその方法に汎用性はない。
しかし、ここでも考えることから逃げるため、方法だけを調べあさることに終始していた。
なぜその方法が効果的なのかを考えていないと、応用が全く効かなくなってしまう。
調べることに満足して何も考えていなかったので、そのことに気づくことができなかった。

時間がないから

時間がないから考えることから逃げてきた。
我ながらもっともらしい理由をつけていたなと思う。
時間はつくるものである。
時間がないのは考えたくない言い訳にしか過ぎない。
今思えば、そのときは考えずに楽なほうに流れたいだった。
そう言った意味でも何も考えていなかったのである。

抽象的な言葉を使うから

抽象的な言葉を使うことで考えることから逃げていた。
物事を伝えるときに抽象的な言葉は非常に便利である。
抽象的な表現は広い範囲をカバーしているので、ニュアンスで相手に伝えることができるからだ。
そのため、明確に伝えるために具体的な表現を考えることをしていなかった。
これもまた楽なほうに流れていただけである。

全て考えることから逃げる言い訳

こうして書いてみると、全て考えることから逃げる言い訳に過ぎないことがよく分かる。
考えず、楽なほうへ流れたいだけの気持ちが見え透いている。
自分で自分に言い訳をして、自分を納得させていたのである。
結局のところ、理由は全てあと付けで、考えることから逃げていただけだった。

おわりに

自分の頭で考えることの大切さはわかっていながら、自分の頭で考えることから逃げていた。
自分の頭で考えることから逃げていたのであれば、もはや自分頭で考える大切さをわかっていたとは言えない。
自分の頭で考えることが大切だと言えるのは、自分の頭できちんと考えている人だけでなく。
自分の頭で考えていない人は、自分の頭で考えることについて語る資格はない。

これからは自分の頭で考えることから逃げず、まずは自分の頭で考える習慣を身につけていく。